あなたに出会うための、10年越しの願い 海を超えて卵子提供へ ついに出会えた、わが子
10年にわたる採卵と移植、そして数えきれないほどの期待と落胆を繰り返す中で、彼女は一時、自分の願う道はもうここで終わりなのかもしれないと思っていました。 そんな彼女が、勇気を出して「卵子提供」という選択肢を受け入れ、日本から遠く台湾のコウノトリへ。 そこで再び、母親になるという夢への一歩を踏み出すことができました。 この実際の体験談を、今まさに迷いながらも歩み続けているすべての方へ。
2026-09-30 00:00:00
不妊治療開始
私は41歳で結婚しました。晩婚だったこともあり、すぐに不妊治療を開始しました。
病院は、高齢妊娠や卵子の老化問題に対して高度な治療技術を持つ病院を選びました。
治療が進むなかで、卵子提供の提案を受けましたが、その時は、自分には関係ない、どこか遠い世界の話で、ごく一部の限られた人達のことだと思っていました。
病院での治療
高齢妊娠に強いその病院では、約10年間採卵と移植を繰り返しました。
妊娠の確率を高めるために、ERAや子宮鏡、血液検査、漢方薬等、良いと思えるものは一通りしました。
病院が遠方だったこともあり、普段は地元でモニターし、卵が育っているとその足で、4時間かかる病院まで何度急いだことか…。
雨の日も、風の日も、雪の日も、台風の日さえも、毎日が治療中心の日々でした。
ところが、はじめのうちは育っていた卵がだんだん個数が減り、育たなくなってきたのです。
そこで凍結していた受精卵を移植し妊娠しましたが、残念ながら継続できませんでした。
そんな時、再び卵子提供をすすめられました。
遠い世界の話だと思っていた卵子提供が、ついに、私にも現実味を帯びてきたのでした。
クリニックの選定
もう子どもを授かるには卵子提供しかないのか?
もう本当に自分の卵子は採れないのか?
どうにかならないのか?
そんな思いが渦巻くなか、時間だけが過ぎていきました。
「とりあえず調べてみよう」
複雑な思いを抱えながらもいくつかのクリニックを調べました。
色々調べていくうちに、自分の卵子ではないが、血の繋がりだけではない、自分のお腹で育てるのだ、自分の子どもに他ならない!そう思うようになっていました。
そして数あるクリニックのなかで決めたのは、病院が紹介していたコウノトリさんでした。コウノトリさんはすでに凍結の卵子バンクがあり、メールの対応も丁寧だったからです。
また、初めての外国での移植。こちらの要望や質問をきちんと伝えたかったので日本人の通訳の方がいることも決め手になりました。
コウノトリ受診
当時はコロナで渡航が制限され、渡航解禁になっても、コウノトリさんを受診するのにコロナの陰性証明が必要で、空港でもらえるはずだった検査薬の配布がなく、困っていたら「どうかしましたか?」と台湾の方が日本語で声をかけてくれました。
薬局でも検査薬の使い方を丁寧に説明してくれ、その場で検査してくれました。私は改めて、台湾の人の優しさにとても嬉しくなりました。
初日は、コウノトリさん手配のタクシーで受診に向かいました。
ドキドキしながら向かったのを覚えています。
コウノトリさんは、白く綺麗なビルの中にありました。
驚いたのは、採血時に血管が透けてみえる装置があったことです。
日本では注射がうまくいかず、刺し直しになることもありましたが、この装置のおかげか、採血もスムーズに終了しました。
その日は、午前中は検査、午後からはコウノトリのスタッフの方と公証人役場に行き、1日で様々な手続きが完了できるスケジュールでした。
心配していた意思の疎通も日本人の通訳の方がずっと付き添ってくれ、何も問題はありませんでした。
帰国後はコウノトリさんとメールのやりとりでマッチングをしました。
なかなか決めきれず、何度かマッチングを繰り返しました。
ようやくドナーが決定し、いよいよ移植にむけて服薬を開始しました。
不妊治療開始
日本と台湾では、薬の名前も、量も違い戸惑うこともありましたが、その都度メールで質問し、納得しながら進むことがでしました。
移植
薬を間違えないように注意しながら内膜を整え、ついに移植の日がやってきました。
移植はあっという間ですが、お腹に迎えた大切な命を愛おしく感じました。
ここからは、この大切な命を守るためにたくさんの薬と注射をがんばりました。
帰国後の判定日に「妊娠しています」と言われた時はとても嬉しかったです。
診察の度に大きくなっていく赤ちゃん。心音を聞いた時には『自分にこんな日がくるなんて!!』と感動しました。
途中、出血したこともありましたが、すぐコウノトリさんから返信で指示をいただき、事なきを得たこともありました。
出産
無事、コウノトリさんを卒業し出産する病院に転院してからも、都度わからないこと、不安なことをコウノトリさんにメールで質問すると、丁寧に返信していただきました。
産院ではハイリスク妊娠でしたが、無事、かわいい男の子を出産しました。
あの時、複雑な思いで卵子提供クリニックを調べたこと、思いきって決断し渡台したこと、本当に良かったと思います。
そして、いつも支えてくださった皆様、本当にありがとうございます。
「必ず答えがかえってくる」安心感のあるコウノトリさんでした。

コメント:
- 諦めない気持ち
大切な体験談をお寄せいただき、誠にありがとうございます。
長い年月にわたる治療の中で、さまざまな葛藤やご不安を抱えながらも、ご夫婦で何度も話し合い、前向きに新しい選択肢と向き合われたことと思います。担当として、その大切な歩みをそばでサポートさせていただけたことを大変光栄に感じております。そして、無事に新しい命を迎えられたとのご報告をいただいた時は、スタッフ一同、自分たちのことのように嬉しく思いました。
-
充実したサポート
当院では、日本からお越しになる患者様にも安心して治療に臨んでいただけるよう、日本語での通訳・サポート体制を整え、治療中の疑問や不安にもメール等で迅速に対応できる環境を大切にしています。また、卵子バンクを有しているためドナーを待つ期間が比較的短く、治療をスムーズに進めやすいことも当院の特徴の一つです。さらに、遠方から来院される患者様のご負担を少しでも軽減できるよう、渡航回数をできるだけ少なく、最少二回の治療スケジュールを心がけています。
卵子提供という選択には、多くの迷いや勇気が必要です。しかし、その一歩の先には、新しい家族との出会いがあります。この体験談が、今まさに悩んでいらっしゃる方にとって希望の光となり、「自分にも可能性があるかもしれない」と感じていただけるきっかけになれば嬉しく思います。
これからも当院は、患者様一人ひとりの想いに寄り添いながら、安心して治療に取り組んでいただける環境づくりに努めてまいります。
| 卵子数 | 正常受精 | 胚盤胞 | PGT-A/PGS | ERA | 免疫/血栓 | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 16 | 11 | 9 | 未生検 | 145時間 | Cimzia/Arixtra | 元気な男の子を出産 |
*実際の治療は医師の診断のもと行っていきます。
本文は編集当時の治療状況、及びご提案です。




