我が子の未来を守る第一歩 着床前遺伝子診断(PGT-M/PGD)

単一遺伝子疾患は、もはや避けられない呪いではありません。先進医療の恩恵により、妊娠準備期に血液検査を利用した「iGene遺伝子疾患検査」が可能になりました。もし、この遺伝子変異が次世代に重篤な疾患を引き起こす可能性がある場合、さらに着床前遺伝子診断(PGT-A/PGD)を受けることで、遺伝子変異を持つ胚の移植を回避することができるのでしょうか

2023-01-10 00:00:00

我が子の未来を守る第一歩 着床前遺伝子診断(PGT-M/PGD)

未知なる遺伝性疾患の恐ろしさ


十年前、私がまだ家庭医学科で勤務していた頃の話です。ある日の午後、診察に一組の若いカップルが「妊娠の相談」を求めてやって来ました。妊娠前の準備として受けるべき検査項目を説明し、治療プランに関して何か質問はないかと尋ねたところ、二人は何か言いたそうな面持ちでお互い見つめ合うばかりでした。しばらく無言が続いた後、彼女がついに沈黙を破り、ゆっくりと話し始めました。「私の父と祖父は脊髄小脳変性症を患っています。大体40歳くらい、働き盛りの時期に発症しました。」彼女は家族が病に苦しみ、皆のそれまでの日常が変化していくのを目の当たりにしてきたと言います。そこで自分と次の世代にも同じ出来事が起こるのではと心配になり、二人でネットの情報を読み漁って下調べを重ね、遺伝子診療科の医師にも指示を仰ぎました。多方面での検証のもと、二人は脊髄小脳変性症が遺伝性の疾患だと知ったのです。この結果は、もしかしたら彼女自身も保因者で、発病する可能性があることを示していました。
 

しかし、これらの事実が全て発覚しても、彼女には遺伝子を調べるための血液検査に臨む勇気が持てませんでした。検査の結果自身が保因者であることが判明し、発症までのカウントダウンに日々怯えながら過ごす未来を何よりも恐れていたためです。この疾患がネックとなり、発症した後パートナーに苦労を強いることになるのでは…と結婚にも踏み出せず、子どもができたとしても、自分のように爆弾を抱えながら生きていくことになるのでは…と次の世代を産み育てる資格があるかどうかも想像がつかない状態でした。それとも運に任せて、産んでから考える?運が良ければ子どもには異常が無いだろうし、仮に異常が見つかったとしても、もしかしたら将来の医療はもっと進歩していて、発症するタイミングを遅らせることが可能かもしれない…。診察で話し合いを重ねた結果、説得がついに功を奏し、彼女は自身が保因者であるか最低限知っておくために血液検査を受けることを決めました。
 

数週間後、報告書には案の定「脊髄小脳失調症3型」という結果が記されていました。その時の診察は雰囲気が異様に重たく、彼女にとってまるで死刑宣告のようだったのを覚えています。体内に組み込まれている遺伝子は変えることができません。彼女はいずれ起こる身体の変化に向き合うことを強いられたと同時に、パートナーとの絆も試されることとなりました。報告書について説明し、次の世代への影響についても少し言及している間、彼はずっと彼女の手を強く握っていました。それ以降二度と彼女を見ることはなく、瞬く間に十年という月日が過ぎ去りました。彼女は元気にしているのでしょうか?昔の記憶は薄れていき、私は相変わらず毎日のように診察に明け暮れる日々を過ごしていました。
 

そんな中、最近診察にやってきた患者さんが再び当時の記憶を呼び起こしたのです。清楚な顔立ちのWさんは、30歳という若さでした。夫に手を引かれ、せかせかと診察室に入ってきたWさんは、五年あまりの結婚生活で一向に妊娠できないことを明かしました。Wさんは二年前から手足の動きが一致しない症状が出始め、発話時もだんだんろれつが回らなくなっていったそうです。現段階ですでに脊髄小脳変性症という診断が出ていますが、Wさんは早くに両親を亡くしているため、覚えている限り両親に同様の症状が発症したのは見たことがないとのことでした。将来の子どもにも同様の症状など「おそらく出ないだろう」と考えており、当初は二人とも気にも留めていなかったそうです。しかし、Wさんの症状が悪化していくとともに、彼らもインターネットで「子どもも母親と同じように、突然発症するのか?」等といった情報を集めるようになりました。結婚してある程度の年月が過ぎた夫婦にとって、子どもができないというのは悩みの種のひとつです。ただ、本当に妊娠が叶った後、子どもの将来に対して生まれる悩みはまた別物なのだとつくづく感じます。この出来事は10年前に出逢ったあのカップルのケースを想起させました。私達の世代で起こった不幸は、再び次の世代へと受け継がれてゆくものなのでしょうか?自身の能力とテクノロジーを駆使すれば実現が叶いそうな今、子どもたちの将来のため、そしてこの家族の宿命を覆すため、私達にはもっと他に出来ることがあるのではないでしょうか…?
 

PGT-M/PGDで遺伝性疾患を受け継ぐ胚の移植を回避
 

説明と話し合いを経て、Wさんとそのご主人は、今自身に必要なのは基本的な妊娠力の検査や体外受精の治療のみならず、より精度の高い「着床前遺伝子診断検査(PGT-M/PGD)」によって遺伝子異常の無い胚盤胞を母体に移植し、遺伝子欠陥のみられる胎児が生まれるのを避けることなのだと知りました。親世代の遺伝子条件はもう変えられないと分かっているならば、事実を受け入れ急速な悪化を防ぐ事に徹するのみです。血液検査で出た脊髄小脳変性症という確定結果をどう受け止めればいいのか分からず、真実を知ることでその後の人生の変化に向き合えなくなるのを恐れる患者さんだっています。落ち込むくらいなら、いっそ自ら出撃し、少なくとも次世代の子どもたちには健康でいてもらう方が賢明ではないでしょうか。
 

単一遺伝子疾患は、もはや避けられない呪いではありません。先進医療の恩恵により、妊娠準備期に血液検査を利用した「iGene遺伝子疾患検査」が可能になりました。もし、この遺伝子変異が次世代に重篤な疾患を引き起こす可能性がある場合、さらに着床前遺伝子診断(PGT-A/PGD)を受けることで、遺伝子変異を持つ胚の移植を回避することができるのでしょうか 現在、PGT-M/PGDがよく活用される遺伝性疾患には、サラセミア、強直性脊椎炎、脊髄小脳変性症、血友病、脊髄性筋萎縮症、遺伝性難聴などが挙げられます。
 

テクノロジーの絶え間ない進歩は人類に幸福をもたらすためであり、精度の高い生殖医学も最終的には健康な赤ちゃんを抱いて無事家路に着くという患者さんの夢を叶えるために存在しています。このような時代には、運試しや賭けに頼るべきではないのです。数年前、単一遺伝性疾患の患者さんは妊娠初期に侵襲性の高い妊婦健診によって胎児が遺伝性疾患を保因または罹患していないか を事前に行っていましたが、「異常がみられた場合、堕胎による悲しみに耐えなければならない」という運命は依然として避けられませんでした。数年経った現在、私達は医学に関する高精度の利器をいくつも手に入れました。それを活かさない手はありません-我が子の未来を守ため、そして自分の未来のために 。

*実際の治療は医師の診断のもと行っていきます。
本文は編集当時の治療状況、及びご提案です。